鬼滅の刃 大ヒットの理由

鬼滅の刃 大ヒットの理由

鬼滅の刃の良さが分からないという人は是非読んでください。

「鬼滅の刃」の感想、良かったと思える理由

市松模様の羽織をまとい、日輪の耳飾りをかざした少年剣士・竈門炭治郎(かまどたんじろう)、

桃色生地に麻の葉模様の着物に黒半纏、竹筒の口枷(くちかせ)くわえた妹・禰豆子(ねずこ) 巷ではこの二人の衣装を着たがる人が増えている。

「鬼滅の刃」が人気だ。

集英社発行の週刊少年ジャンプに連載され劇場版アニメに映画化されこの作品、社会現象ともいえる程の大ヒットをしている。子供やアニメファンにとどまらず、若者から中高年へと 普段漫画やアニメなど見ない層にも広がっている。

一体、何がそれほどの大ヒットの理由なのだろう?。

世の中で注目されるようになって初めてこの作品の存在を知り、単行本全23巻取り寄せて読破した知り合いが何人かいる。大ヒットする理由を聞いたところ「全巻読んだからと言ってそれだけでは良く分からない」という。

それで私は「アニメ劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」を映画館迄見に行った。新型コロナウィルス対策を装備して。

事前にテレビで放映された アニメ「鬼滅の刃-兄妹の絆」、「那田蜘蛛山編」は録画で視ておいた。「鬼滅の刃」は子供の見るもの? そんな先入観は捨てた。心を”無”にして作品と向き合った。・・・・・

「アニメ劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」映画の最後の方、我ながら大人げないなと思いながらも何と涙が零れてきた。アニメはあまり見ないのだけれどこの作品には感じ入った。私達がちゃんと向き合わなければならない大切な事に気づかされるし、清々しい明るい気持ちにさせてくれる。具体的に述べよう。

一体ここで感じられたものは何なのか? 鬼滅の刃 を見て感じた事をまとめてみた。

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鬼滅の刃

①.芸術の域と言える卓越した映像表現

映画館で鬼滅の刃を見た時の驚き。

実写? 

森林、風、川の流れ、粉雪と言った日本の自然美が色彩豊かに描かれる。そこへ登場人物が現れて、初めてこれがアニメだと気づかされるほどだ。凄い、凄い、凄い、日本アニメの映像美術のレベルの高さが凄いと感心させられる。

人と鬼との戦いの描写も凄い。歌舞伎やねぶたを発展させたような圧倒的なダイナミズムで迫って来る。

 

エピソード1

「全集中!」

鬼殺隊剣士・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の全身に力が漲る。

「水の呼吸」

炭治郎の日輪刀から 水流がほとばしり激流となる。

「壱の型、水面切り(みなもぎり)」

炭治郎の日輪刀が人食い鬼の首を切り落とす。おぞましくも恐ろしげなものを浄化する清々しさが伝わる。

更に3DCG技術?機関車の巨大重量物が力強くリアルに走り抜ける映像表現。一体どれほどの映像技術や描写美術の才能が取り入れられたのだろう。この感動、国宝級の名物を見せられた驚きとも言うか、間違いなく世界に誇れるレベルの高さだ。

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 ②.設定やストーリーの深遠さ

設定は暗い。鬼はホラーの様に陰惨で悍ましい。これ本当に少年誌掲載作品か?と疑うほど残酷なシーンがある。

舞台は大正時代の日本。平安時代から千年以上続いている人と鬼との果てしない戦い。

人が鬼になる。

人が鬼の血に感染して鬼になる。鬼は人を食わなければ生きて行けない。より多くの人を食えば食うほど力を増し化け物化する。鬼になれば体は不死身だ、日光を浴びなければ千年生きている鬼もいる。でも鬼となった者の心は闇だ、人らしい感情は喪失し飢えた野獣そのもの。姿を闇に潜めて生きるしかない。

鬼狩り軍団、鬼殺隊

そうはさせまいと人間側に”鬼狩り”という集団がいる。その中に鬼殺隊という剣士達がいて、鬼と戦い首を切る。だが十二鬼月という最高位の鬼は血鬼術という妖術を使い滅茶苦茶に強い。鬼殺隊は生身の人間、鬼と戦い少なからずが絶命する。

主人公の絶妙な設定

この鬼殺隊に訳アリ兄妹、竈門炭治郎(かまどたんじろう)と妹・禰豆子(ねずこ)が入隊する。今で言うなら高校生と中学生位の少年少女。竈門炭治郎(かまどたんじろう)が命懸けで戦う理由は鬼に家族を惨殺された仇を取る事と 鬼にされてしまった妹・禰豆子(ねずこ)を人に戻すため

兄・竈門炭は生身の人間だが妹・禰豆子(ねずこ)は鬼だ。その兄妹が”鬼狩り”に加わる。鬼殺隊の柱達からは疎まれ、鬼からは敵視され付け狙われる。そんな中で必死に生き延びようとする、強くなろうとする、そして人の心を失うまいとして必死にもがく兄妹。この絶妙な設定こそ、このストーリーをダイナミックに動かす強い原動力であり、多くの人の関心を強く惹きつける仕掛けなのだ。

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③.登場人物のキャラの魅力

竈門炭治郎(かまどたんじろう)

竈門炭治郎(かまどたんじろう)のキャラがまるでアイドルの様だ。生々した大きな目がぱっちりしていて明るくて人が良い。それに優しく思いやりがある。鬼殺隊は鬼を見つければ容赦なく切る。だが炭治郎は、時には鬼にさえ情けをかける。

エピソード2

山小屋暮らしの竈門炭一家、炭治郎は6人兄弟の長男、亡き父に代わり炭売りで一家を支えていた。ある日、炭治郎が行商から戻ると家族全員が惨殺されていた。唯一生き残った妹・禰豆子(ねずこ)が死んだ弟をかばう姿勢で血塗れになって倒れている。

炭治郎「絶対助ける、兄ちゃんが助けてやる。」

ところが禰豆子は牙をむいて襲いかかり、兄を食らわんとする。一家を襲った鬼の血を禰豆子は傷口に浴びて鬼化していたのだ。

鬼が出没する所、鬼殺隊剣士が駆けつけて切りかかる。

炭治郎「禰豆子(ねずこ)は人を食ったりしない、殺さないでくれ!」

鬼殺隊剣士・富岡喜勇の強さは圧倒的で炭治郎が敵う相手ではない。

 

炭治郎「必ず方法を見つけるから!」、「殺さないでください。」土下座して命乞いする。

そんな兄の姿に禰豆子は鬼の血に抗い、人を食うまいと堪える。

鬼殺隊柱・富岡が驚く。「そんな事があるのか? 」

(アニメ 鬼滅の刃-兄妹の絆 より)

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鬼殺隊に入隊

竈門炭治郎(かまどたんじろう)、2年間の厳しい修行、そして鬼との苛烈な死闘を繰り返し超人的な力と技を習得する。

炭治郎「もっともっと強くならなければ!」

妹や仲間そして人の世を守る為に。

それでも十二鬼月鬼クラスの鬼には敵わない。切っても切っても再生するし、変化自在に化け物化する。更に鬼血術という妖術を操る。十二鬼月鬼クラスの鬼を退治できるのは、鬼殺隊の柱クラスの剣士でないと歯が立たない。

未熟なれど炭治郎は最後まで諦めない。自分より圧倒的に強い相手に立ち向い、逃げない、、諦めない、最後まで何とか鬼を倒そうとする。その勇気とひたむきさには魅かれる。

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竈門禰豆子(かまどねずこ)

兄が背負う木箱の中でが眠る。鬼でありながら人を食わない為に多くの睡眠が必要だし、日光を浴びない為にも兄が背負う木箱の中でが眠る。でも炭治郎が鬼との戦いでピンチになれば、箱から飛び出し鬼の力で兄を守る。人間にはない強い鬼の力を宿すが、人の心を失うまいと踏みとどまる。鬼の牙を封じる為か竹筒の口枷(くちかせ)を加えて言葉は喋れないが兄の炭治郎が弱気になっても「おにいちゃんなら大丈夫だよ。」と心を通わす事ができる。

エピソード3

炭治郎「全集中、水の呼吸 」

那田蜘蛛山中で十二鬼月一人・累(るい)との死闘。累は蜘蛛の糸の血鬼術で何でも自在に切り刻む。

炭治郎「拾ノ型 生生流転(じゅうのかた せいせいるてん)」

剣士最大の技を繰り出し、相打ち覚悟で立ち向かう。それでも日論刀は折れ、累の血鬼術で体がバラバラに切り刻まれようとするまさにその時、

禰豆子が身体を張ってたちはだかり兄を守る。

累は衝撃を受ける。人だった頃の心が甦り、家族愛を渇望する。だが病弱だった少年は生き延びるために鬼となり、親を殺してしまった。鬼となって不死身の身体と強い力を得るが、鬼の力で愛は得られない事を思い知らされ、鬼滅を受け入れる。
(アニメ 鬼滅の刃 那田蜘蛛山編 より)

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ぜんねず(善逸 と 禰豆子)とは

我妻善逸(あがつまぜんいつ) が 竈門禰豆子(かまどねずこ)に片思いしている関係。

エピソード4

我妻善逸(あがつまぜんいつ)。短毛金髪で、鬼を切り人を守る鬼殺隊剣士でありながらとても小心な臆病者。炭治郎や伊之助と共に鬼退治に派遣されると・・・・

怖い、怖い、 怖い、 怖い。

でも善逸は禰豆子(ねずこ)ちゃんが愛しい。善逸(ぜんいつ)はそんな禰豆子ちゃんが愛しくて、愛しくて、愛しくて。

禰豆子ちゃんの方は善逸の事をどう思っているのは不明、何とも思っいないみたいだけれど。
禰豆子ちゃんは兄・炭治郎と共に鬼と戦うので善逸(ぜんいつ)も鬼との戦いに行かざるを得ない。炭治郎や伊之助と共に鬼との戦いに突撃!でも実際に戦ってみると鬼は怖い!! 鬼共は異様な化け物で変化自在、それに血気術という妖術迄使う。鬼殺隊は生身の体で、日輪刀とかいう日本刀で戦うのだけれど勝てる気がしない。

怖い! 怖い! 怖い!!! 善逸、あまりの怖さに失神、

すると・・・自分自身気づいていない我妻善逸(あがつまぜんいつ)の知らざれざる領域が目覚める。彼は心の奥底に暗黒領域を抱えていてそこが目覚めると別人格になる。

「禰豆子ちゃんは俺が守る」

電光石火の居合切りで鬼を切る。なんか頼もしいぃ。

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お兄ちゃんの竈門炭治郎(かまどたんじろう)はどう思っているのか?

炭治郎(かまどたんじろう)は妹の禰豆子(ねずこ)を早く人間に戻しいたい。自分が死んだら禰豆子(ねずこ)ちゃんどうなるのか気掛かりで気掛かりで・・・
でも 我妻善逸(あがつまぜんいつ)がいてくれると変な奴ではあるけれど禰豆子(ねずこ)ちゃんの将来が託せるかも?・・・・・
そんな思惑が微笑ましくて癒されますよね。鬼滅の刃という殺伐としたこのお話を親しみやすくしてくれます。

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④.鬼とは何か、人とは何か

異形の鬼達、元は人間

それにしてもここで描かれている鬼たち、元は皆人。人が鬼の血に感染して鬼となり、人を喰らい、異様な姿に変貌し、血鬼術という妖術を操る。不死身の体と強い力を得ながら心は闇。日差しを浴びる事が出来ず人並みの優しとか思いやり持てないでいる。心は飢餓と貪欲、闇と恐怖、支配と抑圧、破壊欲と破滅願望 そんな地獄でもがきながらより多くを引きずり込もうとする。

これって現実の世界でダークサイドに陥った人間そのものじゃないか。現実世界にはそこら中にいるけれど”鬼”とは見分けにくいだけ。人に災いをもたらし、人を苦しめ破滅させ、人の未来を奪うのもまた人。

対する鬼殺隊の柱達は社会を守る人達全体の象徴と思える。

鬼殺隊の柱達は厳しい修練により並外れた武術と高い精神性、それでも生身の人間なので十二鬼月クラスの鬼との死闘で命を落とす事もある。それでも柱達は怯む事無く人を守る使命の為に戦う。唯一の望みは自分達の意思や使命を後輩達が受け継いでくれること。そしていつか未来に人と鬼との果てしない戦いに決着をつけてくれること。炭治郎達は未だ柱の域には到達できていないが未来の柱の後継者として描かれている。

こういう人も現代現実リアルの世界でいるじゃないか。社会悪、病気、貧困、安全を脅かす何か。人を守る為に必死に働いている人達がいる。たいして報われることもなく任務遂行中に負傷したり過労で倒れたり死ぬことだってある。
私達が普通に暮らせて生きて行けるのも 社会を支え人達がいるからと分かっていながら世界中が新型コロナ禍に苛まれる様になって 初めて 医療や保健衛生に携わる人たちの大切さに気づくと言うものだ。

鬼も人も私達なのだ。

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⑤.主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の存在。

この作品を見ていて何とも救われる気持ちになれるのは何と言っても 主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)の存在。彼は鬼殺隊では未だ新米剣士、スーパーヒーローでもなければカリスマリーダーでもない。超能力がある訳でもなし魔法が使える訳でもない。

家族を殺されながらも怒りに任せて恨んだり憎んだりしない、鬼にされた妹を背負って戦うハンディをものともせず、一生懸命鍛錬しているし、心の強さや人間性の良さもあってもっともっと成長して欲しいと応援したくなる。

竈門炭治郎(かまどたんじろう)

炭治郎は澄んだ青空の様に心が清く明るくて暖かく優しい。仲間や妹を守る為に強くなろうとする直向きさ。自分よりはるかに強い鬼に立ち向かい、自分の意志を通す事で鬼殺隊の柱達にも認められ、心を通わせていくところに魅かれる。

人は何の為に生まれて来たのか。限りある命、生きている間に何をしなければならないのか。素直な気持ちで自分を見つめれば 自然とこの世で果たさなければならない役割が見えてくる。一生懸命自分の役割を果そうとする生き方は実に清々しい気持ちになれるものだ。それに一人一人にできる事はちっぽけな事であっても 皆で頑張れば未来は明るいものになる、そんな希望も持てる。この作品はそんな気持ちにさせてくれる。

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⑥.人はどう生きるべきなのか

エピソード5.

煉獄(れんごく) vs 猗窩座(あかざ)の死闘

鬼から人間を守る鬼殺隊には剣技を極めた序列がある。最高位の柱の一人である煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう) が炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助 等を率いて無限列車の乗客全員を守りきってこの話の幕が終わるかに思えた段階にて。

突如、十二鬼月(じゅうにきづき)の一人、上弦の参の位の猗窩座(あかざ)が現れる。鬼のトップ、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん) から強い血を分け与えら武力を極めた鬼。

煉獄(れんごく) vs 猗窩座(あかざ)、武力を極めたもの通し他を寄せ付けない異次元の死闘が繰り広げられる。

  • 猗窩座(あかざ)の攻撃は血気術・破壊殺。
  • 対する 煉獄(れんごく)の剣術は炎の呼吸 「昇り炎天」等

二人の武力はほぼ互角。しかし鬼は切られても直ぐに再生する。対する人間・煉獄(れんごく)は 左目、肋骨、内臓を損傷し劣勢は明らか。

「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

死闘の最中 猗窩座(あかざ)が煉獄(れんごく)に
「素晴らしい提案をしよう お前も鬼にならないか?」
選ばれし強き人が至高の強さの域に達する前に死ぬことを悔やみ、寿命を超越した自分と同じ鬼となる事を薦めるのだ。

煉獄(れんごく)はハッキリと断る。

「ならば死ね!」

猗窩座(あかざ)の右腕が煉獄の急所(みぞおち)を貫通。煉獄(れんごく)は 猗窩座(あかざ)に負けて殺されるのか?

 

煉獄(れんごく)、幼い頃死にゆく母親から受けた遺言が甦る。

母「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。」

煉獄(れんごく)の使命は鬼を倒す事よりも”人を守る”事。

煉獄(れんごく)は猗窩座(あかざ)の左腕を捉え、日輪刀で鬼の首を切り落とさんと切りつけ鬼の両腕が体から離れられないまま日の出を迎えようとする。

猗窩座(あかざ)「抜けん!!」
煉獄(れんごく)「逃さない」

己の命が助からないまでも不死身の鬼に日の光を浴びさせれば死滅させる事ができる、この鬼から人間達を救えるのだ。しかし残念ながら鬼は右腕を切りちぎって日の出前に闇へと消え去る。煉獄は人間誰一人死なせずに済んだのだ。

絶命間際の煉獄(れんごく)は笑顔で 竈門炭治郎 等に次を託す。
「俺がここで死ぬことは気にするな。柱なら後輩の盾になるのは当然だ。」
「もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ、俺は信じる。」
(アニメ 無限列車編より)

現在を生きる私達がこのエピソードにグッと来る理由について語りたい。

鬼殺隊剣士は生身の人間なので老いるし死ぬ。彼らは超能力や魔法の力で強くなる訳ではなく呼吸法により鬼を倒す剣術を極めようとしている。現実世界でそんな事があり得るかと思われる方は

>> 是非こちらをご覧いただきたい。

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煉獄(れんごく)は 強いだけではなく弱い人間や未熟な後輩達に優しい。現実世界でも自分の命を顧みず人々の平和や安全を支えている人が少なからずいるし、そういう人達は私達に限りある人生を有意義に過ごして欲しいと願っているのではないか。

自分には才能も、気概も、お金もないから やりがいのある事、面白い事、心が熱くなれる事で生きていく事は出来ないと思い込んでいる方がいらしたら
>> 是非こちらもご覧いただきたい。

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